■ 化学物質への曝露が神経発達障害の「静かなる蔓延」を引き起こす? ■

化学物質への曝露が神経発達障害の「静かなる蔓延」を引き起こす?

有毒化学物質への子宮内環境曝露と幼少期の環境曝露が神経発達障害の「静かなる蔓延」を引き起こしている可能性があることに言及した総説論文が、『Lancet』オンライン版に11月8日付で掲載されている。
この論文の中で、南デンマーク大学(デンマーク、オーデンセ)のPhilippe Grandjean, MDとマウントサイナイ医科大学(ニューヨーク州)のPhilip Landrigan, MDは、「発達途上の脳の独特な脆弱性」を踏まえた、化学物質の検証と管理のための新しい厳密な手法の必要性を呼び掛けている。
この総説を書くにあたって、著者らは米国立医学図書館の有害物質データバンクのほか米国環境有害物質・特定疾病対策庁のファクトシートと米国環境保護庁の統合的リスク情報システムを用いて、ヒトに対する神経毒性作用が証明されている工業用化学物質を特定した。
「以上のエビデンスを考え合わせると、現代社会では工業用化学物質に起因する神経発達障害が静かに蔓延していることが示唆される」と、著者らは述べている。
重大な影響この論文では、神経発達障害の原因物質であることが認められている鉛、メチル水銀、ポリ塩化ビフェニル(PCB)類、各種溶剤および農薬など、5種類の工業用化学物質について言及している。
初期の胎児発育期にこうした化学物質への曝露があると、成人での作用量よりもはるかに低い量で脳障害が引き起こされることがある。こうしたリスクが認識されたことで、ガソリンや家屋用ペンキから鉛添加剤が除去されるなど、エビデンスに基づく予防プログラムが編み出された。このような自主的な取り組みは有効であるものの、大部分の取り組みは大幅な遅れが生じてから初めて着手されている、と著者らは指摘している。
鉛による神経毒性についての最近の調査によれば、小児ではかなり低い曝露量でも大幅な機能低下が生じることが示されている。メチル水銀でも、少ない胎内曝露量で重大な影響が生じることが示されており、ニュージーランドで実施された1件の研究では、毛髪中の水銀濃度が6μg/gを超えている女性から生まれた乳児はIQが3ポイント低く、情動の変化がみられることが示されていると、著者らは述べている。
有毒物質の氷山の一角
しかし、脳障害性が「証明された」化学物質は、莫大な種類が存在すると考えられる神経毒性物質の氷山の一角に過ぎない可能性があると、Grandjean博士とLandrigan博士は述べている。
著者らによれば、成人に臨床的神経毒性作用を引き起こすことが知られている化学物質は、このほかにも200種類存在する。また、系統的検証は行われていないものの、その他の化学物質の多くが神経毒性作用を有していることが動物で示されている。
欧州連合(EU)では1981年に、100,000種類の化学物質が市販品として登録された。米国では現在、80,000種類の化学物質が登録されているが、「形ばかりとは言え臨床的検証」を受けているのは、こうした物質の半数にも満たない、と著者らは述べている。
「3,000種類近いこうした物質が、量にして毎年約500,000 kg製造されているが、こうした大量に製造されている化学物質の半数近くには公式に入手できる基礎毒性データがない上、80%には発生毒性や小児への毒性についての情報がない」と、著者らは述べている。
米国学術研究会議の専門家委員会は、発達障害の3%がこうした物質への環境曝露によって直接的に生じており、そのほかの25%は環境因子と個々人の遺伝的感受性との相互作用によって生じていると結論している。
しかしながら、ここに挙げた推定値は神経毒性についての不十分な情報に基づいているため、化学物質によって誘発される異常の真の有病率を低く見積もっている可能性があると、著者らは述べている。
規制緩和
検証が行われていないことと、化学物質管理法では高水準の論証を求めていることが、化学汚染物質への曝露によって引き起こされる発達障害の予防の大きな妨げとなっていると、著者らは述べている。
このため、Grandjean博士とLandrigan博士は、最も影響を受けやすい人々を保護するために化学物質への曝露を管理する新しい手法の必要性を呼び掛けている。化学物質への曝露限界を定めた規制値は、発育途上の胎児と乳幼児の独特な感受性を踏まえ、脳の発達の保護に照準を合わせた値に設定する必要があると、著者らは主張している。
現在、EUではこうした予防的手法の運用が始まっているが、このような予防的手法には、発生神経毒性など重篤な毒性作用の可能性を示す初期徴候が少しでも現れれば、規制強化につながるという重要な側面がある。しかし、当該物質の毒性が当初考えられていたよりも低いことが十分に証明されれば、規制の緩和もあり得る。
それまでは、神経毒性を有する可能性のある、よく知られていない未検証の化学物質への曝露を回避することについて、診療にあたる医師は妊婦を中心とした患者の相談に応じる必要があると、著者らは述べている